【イントロダクション】閾値調整に追われる日々への決別
「また深夜2時にPagerDutyが鳴ったと思ったら、ただの一時的なCPUスパイクだった。対応不要。でも無視するわけにもいかない」
このような課題は、多くの現場で共通して見られます。
クラウドインフラ、特にAWS環境での運用監視を担当するSREやインフラエンジニアにとって、アラート設定のメンテナンスは終わりのない戦いです。サービスが成長し、マイクロサービス化が進むにつれ、監視すべきメトリクスは爆発的に増加します。そのすべてに対して、適切な「閾値」を人間が設定し続けることは、もはや現実的ではありません。
今回は、クラウドインフラエンジニアでありSREリードとして活躍する森下氏にお話を伺います。
「閾値調整を自動化し、エンジニアはよりクリエイティブな業務にリソースを集中させるべきだ」と語る同氏に、Amazon DevOps Guruを活用した次世代の運用監視、AIOps(Artificial Intelligence for IT Operations)への転換について、実践的なアプローチを聞きました。
――森下さん、本日はよろしくお願いします。多くのエンジニアが「アラート疲れ(Alert Fatigue)」に悩まされています。なぜいつまでたっても監視設定に追われているのでしょうか?
森下: よろしくお願いします。結論から言えば、「動的なシステムを静的なルールで縛ろうとしているから」です。これに尽きます。
現代のWebサービスは、非常に動的に振る舞います。ユーザーのアクセスパターンは季節や時間帯で変わり、プラットフォーム自体も常に進化しています。
例えば、AWSの最新動向(2026年1月時点)を見ても、AWS Configが新たなリソースタイプをサポートしたり、Amazon ConnectやRedshiftに高度な機能が追加されたりと、インフラの構成要素は増える一方です。これらすべての変更に合わせて、手動で監視ルールをメンテナンスし続けることは、現実的ではありません。
それにもかかわらず、多くの現場ではいまだに「CPU使用率が80%を超えたらアラート」というような、固定された閾値(Threshold)に頼っています。これにより、主に2つの課題が生じます。
一つは「オオカミ少年アラート」です。バッチ処理で一時的にCPUが跳ね上がっただけでアラートが鳴ります。これが続くと、エンジニアはアラートを無視するようになり、本当に危険な兆候を見逃す原因となります。
もう一つは「設定の形骸化」です。システム構成が変わるたびに、膨大な数のCloudWatch Alarmの設定値をメンテナンスするのは困難です。結果として、設定が放置され、監視に抜け漏れが生じます。
実務の現場では、完璧な監視ルールを作ろうと試行錯誤することがよくあります。しかし、やがて「これは人間の認知能力を超えている」と気づくはずです。だからこそ、機械学習(ML)の力を借りる必要があります。これが、Amazon DevOps GuruのようなAIOpsツールが推奨される理由です。
Q1: なぜ従来の「監視」では異常を見逃すのか?
――なるほど。手動で設定する閾値には限界があるということですね。しかし、ベテランのエンジニアなら経験則でかなり精度の高い設定ができるのではないでしょうか?
森下: 確かに、経験豊富なエンジニアの直感は鋭いものです。しかし、それこそが「属人化」という最大のリスクになります。さらに、どれほど優秀なエンジニアであっても予測が難しいのが「複合的な要因による異常」です。
従来の監視、つまり静的な閾値監視の最大の弱点は、「設定した通りの異常しか検知できない」ことにあります。
例えば、APIのレスポンスタイムが普段は100msだと仮定します。閾値を「500ms以上」に設定していたとしましょう。データベースのインデックス設定ミスなどで、レスポンスが徐々に遅くなり、300msになったとします。閾値の500msには届いていないためアラートは鳴りません。しかし、ユーザーから見れば「最近レスポンスが遅い」と感じられ、離脱の原因になります。
これが「サイレント障害」の正体です。
――閾値を超えていなくても、普段と違う動きをしていることが問題なのですね。
森下: その通りです。これを「アノマリー(異常)」と呼びます。数値が高いか低いかではなく、「通常の振る舞い(ベースライン)から逸脱しているか」が重要なのです。
さらに課題となるのが、クラウドネイティブな環境では、単一のメトリクスだけを見ても根本原因が特定しにくい点です。
「ELBのレイテンシが上がった」という事象があったとして、原因はEC2のCPU負荷かもしれませんし、RDSのコネクション枯渇、あるいはLambdaの同時実行数制限かもしれません。これらは互いに連鎖しています。
エンジニアがCloudWatchのダッシュボードを確認し、これら複数のグラフの相関関係を見抜くには時間がかかりすぎます。その間にもダウンタイムは続き、ビジネス損失は拡大していきます。ここで必要なのは、「点」での監視ではなく、システム全体を俯瞰した「面」での分析です。
Q2: DevOps Guruの「中身」を正しく理解する
――そこでDevOps Guruの出番というわけですね。ただ、多くのエンジニアにとってAIによる監視は「中身がブラックボックス」で、信頼していいのか不安という声も聞きます。
森下: 重要な視点です。エンジニアとして、挙動が完全に理解できないものを本番環境に導入することに慎重になるのは当然です。最初は懐疑的になるエンジニアも少なくありません。
しかし、DevOps Guruは単なる「魔法の箱」ではありません。裏側で稼働しているのは、Amazonが長年培ってきた統計学と確率論に基づいた機械学習モデルです。
まず、DevOps Guruとよく比較される「CloudWatch Anomaly Detection」との違いを明確にしておきましょう。
CloudWatch Anomaly Detectionは、「1つのメトリクス」に対して過去のデータを学習し、正常な範囲(バンド)を予測します。これは有用な機能ですが、あくまで「点」の監視にとどまります。
対してDevOps Guruは、「リソース間の相関関係(Context)」を分析します。これが決定的な違いです。
――リソース間の相関関係、ですか?
森下: はい。例えば、Webアプリケーションで障害が起きたと仮定します。DevOps Guruは、単に「エラー率が上がった」と通知するだけではありません。
「DynamoDBの書き込みスロットリングが発生し、その直後にAPI Gatewayの5xxエラーが急増した。さらに、Lambda関数のタイムアウトも同時に多発している」
このように、関連する複数の異常を一つの「インサイト(Insight)」としてまとめて提示します。これは、Amazon内部で長年運用されてきた「何が起きると、どこに影響が出るか」という膨大な障害パターンを学習しているからこそ実現できる機能です。
つまり、エンジニアがダッシュボードを行き来して「このエラーの時間帯、データベースの負荷はどうだったか」と突き合わせる作業を、AIが自動化してくれるイメージです。
ブラックボックスというよりは、「24時間365日ログを監視し、システム全体を俯瞰して相関関係を見抜くアシスタント」と捉えると分かりやすいでしょう。AIが異常の兆候を提示した場合、まずはそのデータを基に調査を開始する価値が十分にあります。
Q3: 導入検討時の「壁」と乗り越え方
――「システム全体を俯瞰するアシスタント」というのは分かりやすい例えですね。ただ、導入にあたってはコストも気になります。DevOps Guruはリソース数に応じた課金体系ですが、予期せぬ高額請求にならないでしょうか?
森下: コストへの懸念はもっともです。SREにとってコスト最適化(FinOps)も重要なミッションの一つです。
DevOps Guruの料金は、分析対象のリソース数(Lambda関数やS3バケットの数など)に基づきます。無計画にアカウント全体のリソースで有効化すれば、当然コストは増加します。
そのため、アプローチは非常にシンプルです。「まずは本番環境のクリティカルな一部からスモールスタートする」ことです。
AWSのタグ付け機能を活用し、特定のCloudFormationスタックや、特定のタグが付いたリソースだけを監視対象に設定できます。まずは、ダウンタイムがビジネスに直結する決済周りのサービスや、頻繁にデプロイが行われるコンポーネントに絞って導入するのが効果的です。
――スモールスタートで効果を検証するわけですね。
森下: はい。さらに、AWSのエコシステム全体が進化していることも追い風です。例えば、構成管理の基盤となるAWS Configでは、2026年初頭の時点で新たに21種類ものリソースタイプ(EC2サブネットCIDRやRoute53 DNSSECなど)がサポート対象に追加されています。
こうした基盤側の可観測性が高まることは、DevOps Guruのような分析ツールがシステムの文脈をより正確に把握する上で大きなメリットとなります。環境全体が「見えやすく」なっている現在は、導入の好機と言えます。
また、導入時に留意すべき点として「AIの学習期間(ウォームアップ)」が挙げられます。
導入初日から完璧な検知を期待するべきではありません。DevOps Guruがシステムの「平常時のベースライン」を学習するには、通常数日から2週間程度のデータ蓄積が必要です。初期段階では、意図的なメンテナンス作業を異常として検知してしまうこともあります。
ここで「誤検知が多い」と判断するのは早計です。DevOps Guruには、検知結果に対して「有用だった」「誤検知だった」とフィードバックする機能が備わっています。これを繰り返すことで、AIは対象システム特有の振る舞いを学習し、精度を向上させていきます。
――システムに合わせてAIをチューニングしていく感覚に近いですね。
森下: その通りです。AIの精度を高めるプロセス自体が、チーム全体のシステムに対する理解を深めることにもつながります。
さらに、導入前の計画段階で役立つプラクティスがあります。AWSから提供されているリージョン別の機能可用性やロードマップを確認できるツールを活用することです。これにより、利用中のリージョンで必要な機能がいつ利用可能になるかを把握し、計画段階での不確実性を低減できます。
こうした最新のツール群を駆使して、導入のハードルを計画的に乗り越えていくことが重要です。コストに関しても、「障害対応にかかるエンジニアの工数」や「ダウンタイムによるビジネス上の機会損失」と比較すれば、投資対効果が見合うと判断できるケースが多く存在します。
Q4: AIOps時代にエンジニアが果たすべき役割
――AIが異常検知と原因の絞り込みまで行ってくれるとなると、エンジニアの役割はどう変わるのでしょうか?
森下: 非常に重要な視点です。ここがAIOps導入の最大の目的とも言えます。
これまでの運用監視では、「何が起きたか(What)」を突き止めることに多くの時間が割かれていました。ログを検索し、メトリクスを分析する時間です。DevOps GuruのようなAIOpsツールは、この調査時間を劇的に短縮します。
では、エンジニアは何に注力すべきでしょうか。それは、「なぜ起きたか(Why)」の深掘りと、「どうすれば再発を防げるか(How)」という恒久対策の設計です。
DevOps Guruは「推奨アクション(Recommendation)」も提示します。例えば「DynamoDBのキャパシティをオートスケール設定にするか、プロビジョニング量を増やしてください」といった内容です。
しかし、それをそのまま適用するかどうかは、エンジニアが判断する必要があります。「現在はキャンペーン期間中であるため一時的にリソースを増やす」のか、「クエリの効率が悪いためアプリケーションコードを修正すべき」なのか。このようなビジネスコンテキストを含めたデータに基づく意思決定こそが、エンジニアに求められる高度な役割です。
――「監視」から「分析・改善」へシフトするわけですね。
森下: はい、「守りの運用」から「攻めのエンジニアリング」への転換です。
自動化によって創出された時間を使って、カオスエンジニアリングを実践してシステムの耐障害性を検証したり、アーキテクチャを見直してパフォーマンスやコスト効率を最適化したりします。SREの本質は「Site Reliability Engineering」、つまりエンジニアリングによってシステムの信頼性とスケーラビリティを高めることです。単なるアラート対応に終始することではありません。
DevOps Guruのようなツールは、エンジニアを属人的なルーチンワークから解放し、本来注力すべきアーキテクチャの改善や自動化の推進へと導いてくれる強力な手段となります。
【編集後記】AIはSREの仕事を奪うのか、それとも相棒か
今回の森下氏へのインタビューを通じて見えてきたのは、AI活用がもはや「未来の技術」ではなく、2026年のクラウド運用における「現場の生存戦略」であるという現実です。
AWS Configのサポートリソースが拡大し続け、各マネージドサービスにAI機能が組み込まれていく現在、静的な閾値設定だけでシステムの健全性を維持することは困難になりつつあります。DevOps Guruは、SREの仕事を奪うものではありません。むしろ、複雑化するクラウドシステムにおいて、エンジニアが高度な分析や意思決定に集中するための強力な「アシスタント」と言えるでしょう。
「いきなり大規模に導入するのはリスクがある」と考える場合も、まずは公式ドキュメントで最新のベストプラクティスを確認しつつ、特定の本番環境スタック一つからPoC(概念実証)を始めてみることを推奨します。AIによる相関分析を活用することで、今までノイズに埋もれていたシステムの潜在的なリスクが、明確なデータとして可視化されるはずです。
次世代の運用監視への第一歩を、今日から踏み出してみてはいかがでしょうか。
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